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2008年3月15日土曜日

「日本人の背中」読んでいます。

「日本人の背中」拾い読みだけどだいたい読みました。なんだか海外に行きたくなりました。 最近は経済面で失速しているような感じがします。この本を読むと、それでもやっぱり日本は立派な国なんだなと感じることができるので少々安心します。 しかし、疑問を感じたのはブルドックソースの買収についての話でした。欧州で成功した日本人の富豪が「閉鎖的な日本人がよってたかってたたき壊した。もったいない。これではグローバル社会を日本は生き抜けない」と言ったそうです。それに対して、「彼は長い海外生活で、日本人としての大切な肝を忘れてしまったのだ」とこの本の著者は思ったのだそうです。その富豪は「金儲けして何が悪いんだ」といきり立って「グローバル社会を生き抜けない」と言ったのでしょうか、分かりませんが、気になりました。 「たとえ貧しくても家族や周囲の人と平和に暮らす人こそ立派だ」と考えるのは確かに立派なことだと思います。けれども、本当にグローバル社会を生き抜くことができずに日本が貧しい国になってしまったらどうなるのでしょうか、現実に貧しい暮らしを強いられたときに日本人は家族や周囲の人と平和に暮らせるのでしょうか、確かに比較的平和に暮らせるかもしれません。 彼は日本人が冷静に判断した結果ではなく感情によって「よってたかってたたき壊した」と考えたのではないかと私は疑問を感じました。日本人は「貧しく生きることの美徳」と言いながら、本心は「豊かな暮らしがしたい」と思ったからこそ一生懸命働いてきたのではないでしょうか。実際のところ貧困よりも裕福な方が良いわけで、思想としては立派だけど現実の日本人の暮らしは贅沢なのではないだろうか。贅沢な暮らしに慣れてしまった日本人が再び貧しく生きることの美徳を受け入れるでしょうか、とても疑問を感じました。 ルールに従うばかりではなくルールを作る立場になる必要があるのでしょう。国内でしか通用しない「和の精神」というルールを守ろうとするなら、世界で通用するルールにしなければ経済的な立場はどんどん悪くなる一方ではないのか、頭を使ってうまく解決する方法を考えてみましょう。 それはそうとブータンという国の話に少々驚きました。ブータン国王は国民の幸福を守るために近年まで情報鎖国政策を取っていたそうです。情報鎖国といえば普通は政権を維持するためと思いますが国民の幸福のためらしいです。しかも国民が自分の頭で考えないことで幸福が守られているとしたら良くないと考えて、テレビやインターネットも一部解禁したというから結構柔軟に考えているのだと分かり好感が持てます。それで、やっぱり他国の情報が入ってくると一部ではモラルが乱れてしまったそうです。でもその方が自然だと思います。自分の頭で考えるのは大事な事です。良い事をするにせよ悪いことをするにせよ、知らないで行うよりも知った上で行う方が納得ができるでしょう。 ブータンという国は良い国なのかもしれないと思って調べてみると日本人ボランティアに有罪判決などの記事を見つけてしまい、あまり期待できないことが分かる。決して先進国のように司法制度が整っているわけではないのでしょう。罰金6000ニュルタムは6000インド・ルピーと同じらしい。すると1万5000円くらいかな。夫婦喧嘩の仲裁に入ったら刺された上に罰金が1万5000円とはひどい話だと思う。他人の夫婦喧嘩にどんな考えで首を突っ込んだのか分からないけど、この記事だけを見るとおかしいと思う。 こんな記事からも日本はけっこうちゃんとした国なんだなと思えるのは日本人の自分にとっては良い事だけど、ブータンの国を司る人にとっては悩みの種なのだろう。

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