今朝考えたことのメモ書き
「潜水艦暮らしは任務ではない。信仰である」(敵対水域の28ページの記述)1986年に沈没したソ連の戦略原潜K-219にはこのような額入りの標語がかかげられていたという。時代が変わって2000年に沈没した原潜K-141クルスクの艦内にも同様の標語がかかげられていたというから驚き。
これは宗教の話しではなくて、自分たちの潜水艦暮らしによって世界の平和を守っているという信仰です。核兵器を搭載してパトロールすることで世界の平和を守っているという神話を信じることで西側よりも性能的に圧倒的に劣る不利な条件での絶望的な任務をこなしていたというわけです。
この神話が正しいかどうかはわかりませんが、いまのところ核戦争は起きていません。おそらく国防というものには不確実な要素が多く、本当に自分の任務が意味のあることなのか疑問を生じる懸念があって、自分たちの任務が国を守っているだけでなく世界を守っているという神話が必要なのです。
もしかしたら憲法9条が平和を守ってくれると信じるのもそういう神話を信仰しているのかもしれません。我が国の平和は、憲法9条が守ってくれていた側面もあったかもしれないし、あるいは非常に強力な同盟国があったからではないかとも思います。私にはどちらが正しいのか正確にはわかりません。
しかし時代が変わって、昔のような東西冷戦のような分かりやすい対立構造ではなく、もっと複雑化して判断が難しくなっています。いまの時代にはまた新しい国防のための神話と信仰が必要になったのではないかと思いました。
中国はめざましい経済成長によって国力が強まり軍事力も増大しています。その結果、東アジアのいくつかの国では強大になった中国の脅威によって緊張が高まっています。日本に対しては恫喝するだけでまだ領土的な権益は保たれていると思いますが今後が心配です。
日本の経済が弱体化すると国力が低下し軍事力も低下し今後ますます中国の侵略的な領土拡大に対応できなくなるでしょう。もしなにもせず、戦わず、奪われるに任せたらどうなるのか、私には予想がつきません。結局、強い相手と戦っても勝てませんから、我慢するしかないのかもしれません。
それが嫌だと思う人が多数派になれば戦争になるでしょう。そうしたら「日本が強ければ東アジアの平和が守られる」という神話と信仰が生まれるのだと思います。日本が強ければ中国も戦争をしかけてこないという信仰です。そうやって軍拡が必要になります。もうこれは既定の路線だと思います。
係争地付近で両国の軍事力が接近すれば戦闘が始まるでしょう。どちらが先に攻撃したかはあまり問題にならないと思います。偶発的な事故が原因かもしれないし確信犯的な衝突が発生するのかもしれませんが、あまり関係ありません。
国際社会は、つまり、各国政府は中国に味方した方が得だと思えば日本を悪者にします。逆に日本に味方した方が得だと思えば中国を悪者にします。こういった外交上の駆け引きは日本よりも中国の方が優れているのではないかと私は懸念しています。そうして多数決で日本が悪いか中国が悪いか判断されます。
もし国際政治で負けてしまったときに我が国は負けを認めることができるでしょうか? なんとなくですが戦争を選ぶような気がします。そんな気がします。そうしてきっと軍事的にも負けてしまうのだとは思います。もしかしたら勝つかもしれませんが、わかりません。わかっていれば戦いにならないでしょう。
戦争が起きたら、今度はやめることを考えないといけないのだけれど、やめるのは大変です。勝っている方がやめたいと思わないと終わりません。もし仮に日本側が勝ってしまったら、際限なく戦い続けるのではないかという気がします。
中国は悪い国だから更なる罰が必要だ。もっと懲らしめるべきだ。などという風潮になりはしないか心配です。逆に中国に圧倒されてしまったらどうしよう。徹底的に日本の権益が奪われるのではないでしょうか? そう思うと必死に戦うしかないのではないでしょうか。最終的に国家総力戦になるかもしれない。
いったい戦争の目的は何なのか、どうなったら戦争は終わりにして良いと考えるのか、我が国では戦争に対する知識とか認識が非常に曖昧なのではないかと心配です。私もよく知っているわけではないけれど、始まったらどうするかという意見ばかりで、どうやって終わらせるかという意見をあまりみません。不安になります。理性的に判断できるのかとても心配です。
攻撃するのであれば最大限の火力で全力で攻撃するのがよいと思うのです。戦力の出し惜しみは事態を悪化させると思うので、容赦なく徹底的に敵を叩くべきでしょう。それで目的を達成したら速やかに戦闘を終了して講和なり交渉なりをすべきです。
だらだらと、ここで勝てたなら次はここも攻めようとか欲をかかずに撤収すべきだと思います。たとえば尖閣諸島を防衛することが目的で、目的が達成できたなら他の事物には目もくれず講和条約を結んでしまうべきです。
もし欲をかいて別の目的を後から追加して際限なく目的が拡大して戦火が拡大するのは勝っている間はよいかもしれませんが、総合的な国力で負けているのですから最終的には戦争そのものに負けて最初の目的だけで満足しておけばマイナスにならないで済んだのに、結果的には大きなマイナスになるでしょう。
もし戦争目的が台湾の防衛ということならおそらくアメリカと一緒に戦うことになるでしょうからたぶん負けないとは思います。しかし台湾を守る理由は何でしょうか? 国家として承認していないから同盟もしていません。アメリカが台湾防衛に乗り出しても憲法9条があるから日本は参戦できません。
だから憲法9条の改定が必要なのかもしれません。アメリカは単独で中国と戦うのは厳しいでしょうから同盟国である日本にも参戦してもらう必要があると考えているに違いありません。さてどうしたものか。悩ましいです。
2026年2月18日水曜日
日本が強ければ東アジアの平和が守られるという信仰について
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